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あなたの印象に残った授業はなんですか?「続 一年一組せんせいあのね」鹿島和夫 理論社

前回記事の「一年一組せんせいあのね」(20年くらいして急にまた読みたくなった本「一年一組 せんせいあのね」鹿島和夫 理論社)は自宅にあったので何度も読んだことがある本でしたが、続編は初めて読みました。


一年一組 せんせい あのね―詩とカメラの学級ドキュメント (続)

ふと思い出す、教育の大切さ

前回と2作品読んでいて思い出したのが、中学時代に自分が考えていたことです。

私の中学校は2つの小学校の生徒が、私立に行くというような特段理由が無ければそのまま進み合併するイメージの学校でした。

もちろんそれぞれ個々人の気質はあるにしても、私はもう一つの小学校から来た人の粗野な部分、心荒んだ部分を感じなぜだろう、と思っておりました。当時は最寄り駅の路線差、駅からの距離、地価…といった要因かと思っていたという中学生らしからぬ検討をしていたのです。

今となっては浅薄な仮説だなぁと思いつつも、前作、そして今作の様子を読んで思い至ることが2つ。

国語教育の影響

私の卒業した小学校は、国語教育である有名な取り組みをしていました。

全国から国語の先生が見学に来たり、NHKの番組のために同学年の別クラスが密着取材されたりという状況は、なかなか珍しく面白いものでした。

もともとの自分の性質もあるのかもしれませんが、そこでの取り組みが今でも自分に活きていると思っています。

小学生時代あれだけコミュニケーションをとることができたのだから、それに比べるとこれくらいのことは絶対できるはず、と思えるシチュエーションが数多くありましたし、話すという手段を、時間空間の中で用いてどうやって人に伝え、届け、動いてもらうかということを考えながらできるという強みが自分に育ったと思っています。

あのね帳を使ったこの生徒たちも、40年近く経った今でも何か、人生に活かされているのではないかな、と思います。

障害児学級の影響

前作も今作も、学校内の障害児学級の生徒との詩が見られます。

私の小学校にも障害児学級があって、それこそ1年1組の隣に教室があって、各学年の生徒は障害児学級と、クラスとを行ったり来たりしたのでした。

小学校1年生の頃からかかわりを持っていた私たちはそういった子たちがいるのは当たり前、で過ごしてきたんですね。

しかし、もう一つの小学校にはなかったのかな、今調べてもどうやら無いようですね、私の母校には各学年にあるのでやはり、無いのかな。障害児学級の子が、中学も普通科で、とういうことで進学してきたんですけど、中学1年で初めて接するもう一つの小学校出身の人たちの態度が、接し方が、本当人としてどうなのっていうくらいのものだったんですよね。

衝撃的だった。老成していたような自分としては、そこで優しさを見せられないような未成熟な人たちと中学校生活を送らないといけないことに引いていたんですよね、今思うと。

今思うと、中学生も十分子供なわけですからそんな大人びた対応はできないですかね。思春期反抗期もありますしね。

 

といった感じで、小中学時代の自分の思い出も踏まえ、国語教育の大事さや、いろんな経験と、それに対して何に気付き何を考えるかが人を作って行くんだなぁと、そんなことをとりとめもなく思っておりました。

みなさんはどういった国語の授業が印象に残っているでしょうか。それが確実にあなたを作る要素になっているはずですので、思い返してみてはいかがでしょうか。

10月1日読了

ヒロセマリでした。


一年一組 せんせい あのね―詩とカメラの学級ドキュメント (続)

20年くらいして急にまた読みたくなった本「一年一組 せんせいあのね」鹿島和夫 理論社

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